テストステロンとは?筋肉・トレーニングとの関係からドーピングまで

「テストステロンって何なんですか?」ざっくりとした質問ですが、お客様から意外とよく聞かれます。
運動やトレーニングに興味がある方でも、テストステロンそのものより「ステロイド」という言葉の方が馴染みがあり、ステロイドと聞くと筋肉増強剤やドーピングを思い浮かべる方も多いかもしれません。
私自身も長くトレーニングやスポーツに関わる中で、ステロイドについての話を聞く機会はありました。もちろん筋肉を増やしたり筋力を高めたりする効果があることは理解しているつもりでしたが、筋量が増えることと、パワーやスポーツの競技力が向上することは必ずしも同じではないのではとも考えていました。
しかし最近、ステロイド使用経験のある方が「動体視力が向上したように感じる」という話をしていると聞きました。(もちろん個人の感覚なので、実際に動体視力が向上しているのかは分かりませんが)
また別のきっかけとして、女性のお客様から血液検査でテストステロンの数値が低いのだが何か不具合があるのか?という質問を受けました。「男性ホルモン」と呼ばれるテストステロンが女性にもあるのはなぜなのか。低いと何か問題があるのか。そもそも増やすことはできるのか……考えてみると、知っているようで曖昧なところが結構あります。
そこで今回は、そもそもテストステロンとは何なのか、人間の身体でどんな働きをしているのか、筋肉やトレーニングとはどのような関係があるのか。さらに、ステロイドによって筋肉や筋力が増える仕組み、スポーツパフォーマンスへの影響、ドーピングとの関係まで、自分なりに調べて整理しました。
テストステロンとは?
テストステロンは、一般に「男性ホルモン」と呼ばれるホルモンの一つです。ホルモンにはいくつかの種類があり、テストステロンは「ステロイドホルモン」というグループに分類されます。
さらにその中では、「アンドロゲン」と呼ばれるホルモン群の代表的なものです。アンドロゲンは男性の身体的特徴や生殖機能などに関係するため「男性ホルモン」と呼ばれることがありますが、男性だけに存在するものではありません。
男性ではテストステロンの大部分が精巣で作られます。女性でもテストステロンは存在し、卵巣や副腎から作られるアンドロゲンや、その前駆物質からの変換によって体内に存在しています。
血中濃度は男性の方がかなり高いものの、女性にとっても関係のないホルモンというわけではありません。
テストステロンは身体で何をしているのか?
テストステロンは、生殖機能だけでなく、筋肉や骨、赤血球産生など身体のさまざまな働きに関係しています。
男性では思春期の二次性徴や生殖機能などに関わり、筋肉ではタンパク質合成などを通して筋量の維持に、骨では骨量の維持に関係します。また、赤血球の産生を促す作用も知られています。女性でもテストステロンを含むアンドロゲンは存在し、骨や筋肉、性機能などとの関係が研究されています。
ただし男性と比べて血中濃度がかなり低く、女性における働きや血中濃度とさまざまな症状との関係については、まだ分かっていない部分もあります。
テストステロンと筋肉・筋トレの関係
では、テストステロンが高いほど筋肉はつきやすいのでしょうか。ここは、体内で自然に変動するテストステロンと、薬剤によって生理的範囲を大きく超えて上昇させた場合とを分けて考える必要があります。
テストステロンが筋肉に作用すること自体は、よく知られています。外部から通常の生理的範囲を大きく超える量のテストステロンを投与した研究では、除脂肪量、筋サイズ、筋力が増加しています。
さらに投与量を変えた研究では、血中テストステロン濃度が高くなるにつれて除脂肪量や筋サイズ、筋力、パワーなどが増加する用量反応関係も確認されています。ただし、これは「薬剤によってテストステロン濃度を大きく上昇させた場合」の話です。
通常の筋力トレーニングでも、運動後に血中テストステロンが一時的に上昇することがあります。
私自身も以前は、
「筋トレをする」
↓
「テストステロンや成長ホルモンが上がる」
↓
「タンパク質合成が高まる」
↓
「筋肉が大きくなる」
という流れで理解していました。
実際、筋力トレーニング後にテストステロンや成長ホルモンなどの血中濃度が一時的に上昇すること自体は確認されています。ただし現在では、こうしたトレーニング直後の一時的なホルモン上昇が、筋タンパク質合成やその後の筋肥大を左右する主要な要因とは考えにくいようです。
つまり、
「筋トレをする」
↓
「テストステロンが上がる」
↓
「そのテストステロンによって筋肉が大きくなる」
というのは短絡的なのかもしれません。
筋肥大には筋肉そのものに加わる張力やトレーニング量、タンパク質摂取、回復など、多くの要因が関係します。テストステロンはその中の重要な生理的要素の一つですが、トレーニング直後の一時的な血中濃度だけを見ればよいわけではなさそうです。
テストステロンが低いと何が起こる?
男性では、テストステロンが病的に低下した性腺機能低下症で、性欲低下、性機能の変化、筋量や骨量の低下などがみられることがあるようです。ただし、疲労感や気分の変化などはテストステロン以外のさまざまな原因でも起こり得ます。
そのため現在の医療では、一度の血液検査で数値が低かっただけで判断するのではなく、症状と繰り返し確認された低値を組み合わせて評価するのが一般的なようです。
女性についてはさらに慎重に考える必要があります。女性にもテストステロンは存在しますが、現在のところ健康な女性について、血中テストステロン値だけを基準に「テストステロン欠乏症」と明確に診断できる基準は確立されていません。
筋量や骨量、性機能などとの関連は考えられていますが、数値が低いことだけを理由に「テストステロンを上げた方がよい」とは言い切れません。
テストステロンを増やすことはできる?
ここもよく聞かれるところです。
まず筋力トレーニングです。前述したように、一回のトレーニングによってテストステロンが一時的に上昇することはあります。
しかし、筋トレを長期間続ければ安静時のテストステロン値が大幅に上昇するというわけではありません。運動習慣の少ない健康な男性を対象とした研究をまとめたメタ解析でも、継続的な運動による安静時テストステロンへの影響は全体として小さいという結果になっています。
一方、肥満などによってテストステロンが低下している男性では、減量や生活習慣の改善によって数値が回復する場合があるようです。逆に、運動量に対して食事量が極端に少ない状態が続くなど、利用できるエネルギーが不足すると、生殖系を含むホルモン環境に影響する可能性があります。これは男性・女性のどちらにも起こり得ます。
睡眠、食事、体重管理、運動などは重要ですが、「これをすれば誰でもテストステロンが大幅に増える」という方法は今のところないようです。
市販されている、いわゆる「テストステロンブースター」と呼ばれる、テストステロンを増やすことをうたったサプリメントについても注意が必要です。亜鉛などは欠乏している場合には正常なホルモン機能を維持するために重要ですが、十分に摂取できている人がさらに大量に摂ればテストステロンが大きく増える、という意味ではありません。
さまざまなテストステロンブースターを調べたシステマティックレビューでも、多くの成分で総テストステロンを増加させる明確な効果は確認されていません。そして、生活習慣によって本来のホルモン環境を整えることと、医療として外部からテストステロンを投与することは別の話です。
男性の性腺機能低下症では、症状と明確な低テストステロン値が確認され、その原因などを評価したうえでテストステロン補充療法が行われる場合があります。一方、女性では単に血液検査のテストステロン値が低いという理由だけで、一般的に補充することは推奨されていません。
アナボリックステロイドとドーピング
ここまでくると、「それならテストステロンを外から大量に入れれば、もっと筋肉がつくのでは?」という疑問が出てきます。実際、通常の生理的範囲を超えるテストステロンや、筋肉増強作用を持つアナボリックステロイドには、筋量や筋力を増加させる作用があります。
有名な研究では、健康な男性にテストステロンを投与したところ、トレーニングを行わなかった群でも筋サイズや筋力が増加し、トレーニングとテストステロンを組み合わせた群ではさらに大きな変化が確認されました。アナボリックステロイドを使った研究をまとめたメタ解析でも、除脂肪量や筋力の増加が確認されています。
ただし、ここで区別したいのが、
「筋肉が増える」
「筋力が上がる」
「パワーが上がる」
「スポーツの競技力が上がる」
は同じ意味ではないということです。
スポーツのパフォーマンスには筋力だけでなく、技術、経験、スピード、持久力、身体操作、競技特有の体重や体組成など、多くの要素が関係します。そのためステロイドによって筋量や筋力が増加したとしても、それがそのまま競技成績の向上につながるとは限りません。
一方で、先ほども書きましたが、ステロイド使用者から「反応が速くなった」「動くものが見やすくなった」といった感覚が語られているとお客様から教えていただきました。もしそれが本当であればとんでもない事ですが、慎重に考える必要があるのかなと思います。
眼球を動かす外眼筋は、一般にイメージされる「不随意筋」ではなく、骨格筋の一種です。そのため理屈の上ではアンドロゲンの影響を考える余地はあります。しかし、ステロイドによって外眼筋が強くなり、動体視力が向上することを示した人間の十分な研究は確認できません。
また「動くものがよく見える」という能力は、眼球を動かす筋肉だけで決まるものでもありません。対象を捉える眼球運動、注意、視覚情報の処理、対象の速度や方向の判断、それに対する運動反応など、中枢神経系を含めた複数の機能が関係しています。
テストステロンは筋肉だけでなく神経系にも作用するため、このような感覚について研究する余地はありますが、現段階で「ステロイドによって動体視力が向上する」と結論づけることはできないのではないでしょうし、むしろこの点は、まだ十分に分かっていない領域として捉えるのがよさそうです。
そしてアナボリックステロイドには健康上のリスクもあります。外部から大量のアンドロゲンを入れることで、体内のホルモン産生を調節する仕組みが抑制されます。精子産生の低下をはじめとする生殖・内分泌系への影響、血圧や脂質への影響、心血管系、肝機能、精神面など、さまざまな副作用が報告されています。
競技スポーツではさらにアンチ・ドーピングの問題があります。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表では、アナボリック作用を持つ薬物は「S1 Anabolic Agents」に分類され、競技会中だけでなく競技会外でも禁止されています。
ここには、体内で自然に作られるテストステロンを外部から投与することも含まれます。医療上テストステロン治療が必要な競技者については、一定の条件を満たした場合に治療使用特例(TUE)という制度があります。
つまり、
「テストステロンは身体が自然に作っているホルモン」
「医療としてテストステロンを使用する」
「競技能力を高める目的で外部から使用する」
は、同じテストステロンという言葉が使われていても意味が違ってきます。
まとめ
テストステロンは筋肉や骨、生殖機能などに関係するホルモンで、男性だけでなく女性の身体にも存在しています。
また、テストステロンが筋量や筋力に影響することも確かです。だからといって「テストステロンが高いほど健康」、「筋トレ後にテストステロンがたくさん出れば筋肉がつく」、「サプリメントでテストステロンを上げれば筋力が上がる」といった単純な話ではありません。
私自身も、以前は筋トレ後にテストステロンや成長ホルモンが上昇することが、タンパク質合成や筋肥大につながると理解していましたが、これらのホルモンが筋肉に関係していることと、トレーニング直後の一時的な血中濃度の上昇が筋肥大を左右することは、分けて考えた方がよさそうです。
そして生理的な範囲で体内のホルモン環境を保つことと、薬物によって生理的な範囲を超える濃度にすることも別の話です。テストステロンについて調べていくと、「男性ホルモン」や「筋肉を増やすホルモン」というイメージだけでは説明できない、かなり複雑な存在であることが分かります。
※本記事は、テストステロンやトレーニング、アナボリックステロイドに関する情報を整理することを目的としたもので、アナボリックステロイドやテストステロン製剤の使用を勧めるものではありません。医療上の治療については、医師の診断・管理のもとで行われるものです。



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